991480 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Selfishly

Selfishly

paradigm shift!7~


*** paradigm shift!***




<<【p1~p6はこちら】


 act7・・・「邂逅1番」

「もう1回言ってみろっっっ!!!」

それぞれの部屋に居た者達も、その怒声に思わず動きを止める。
先に動いたのはその声を知っている者達の部屋の方だった。
慌てて部屋の扉を開けた横では、何とエドワードが青年の胸倉を掴み上げる・・・のは
身長的に難しかったので、見た者の印象からは縋っているように見えなくも無い。

「エド、一体どうしたんだ?」
メンバーの中で年長のスカーがエドワードを宥めるように声を掛け、胸倉を掴んでいる手首を押さえる。
スカーの落ち着いた声掛けに上がっていた血が降りたのか、エドワードは握り締めていた手を離すと
ふんと鼻息荒く胸元に腕を組んで相手に剣呑な視線を向ける。
「ふ~ん・・・。エド、ナンパでもされたんじゃないの?」
今だ壁際に背を凭せ掛け茫然となっている相手と、超絶に不機嫌そうなエドワードの様子を
見比べて、エンヴィーがそうからかうように問いかけるが、口調とは裏腹に相手を見据える目には
危険な彩を閃かせている。
「・・・それで一体、どうしたというんだ?」
スカーの重ねての問いに、エドワードは嫌そうに顔を歪めて渋々説明を始める。
「こいつが・・・、俺がそこを通ろうとしたら立っててさ。
 で気にせず横切ろうとしたら・・・―――」
そこまで話すとエドワードは腹立たしそうに口をへの字に噤む。
「横切ろうとしたら?」
ラッセル一人状況が飲み込めずに、のんびりとした口調で先を聞いてくる。
「お、俺に・・・俺に――――――お、お、・・・『お嬢さん』って言いやがったんだぁぁぁ!!」
余程の屈辱だったのだろう。エドワードは薄っすらと目に涙を滲ませている・・・勿論、怒りで。

「なるほど」「ああ、そぉ」「ふ~ん」そんなメンバー達の気の無い相槌に、エドワードが目を剥いて
食って掛かる。
「っ! お前ら! 何だよその反応はっ。お、女に間違われたんだぞ、俺は!」
必至に悔しさを訴えるエドワードに、メンバーは同情にはいまいち足りない苦笑を返してくる。
「そんな程度で直ぐにカッカしてては、その方が男らしくないぞ」
「そうそう。そんなの今更じゃない。いい加減慣れたら」
「実際、エドより綺麗で可愛い女の子なんて、そうそう居ないし」
最後のラッセルのセリフに、他の二人ともうんうんと頷いている。
「お・・・お前らぁぁぁ~」
地を這うようなドスの利いたエドワードの声に含まれた怒りを感じ、3人は言い過ぎたかと慌てて口を噤む。
一気触発のその場の雰囲気に水ではなく油を注いだのは、それまで黙り込んでいた男性だった。

「・・・・・君は――― 男の子だったのか・・・――」

驚き覚めやらぬ声でそう呟いた言葉が、エドワードの怒りに火を注ぐ。
「どこに目を付けてんだ!! どこから見ても立派な男にしか見えねぇだろうがっ!!」
飛び掛りそうな勢いのエドワードをスカーが咄嗟に押さえつける。
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃなぁ~~い!」

ロイは目の前で喚き散らしている少年を茫然と見つめながら、自分の大いなる誤解に衝撃を受けて立ち尽くしていた。
つんつんと持ち主の怒りを表すように、見慣れたアンテナは逆立っている。
今朝、このアンテナの持ち主と偶然にも巡り合った時、少女だと信じて疑ってもいなかったというのに・・・。
こうやって悋気を露に騒いでいる彼は、確かに少年で・・・。

「一体、あなたは何をされてるんですか」
凛とした声がその場に響いて、喚いていたエドワードもその声の迫力に圧された様に口を閉じる。
「チ、チーフ・・・」
幾分顔を青褪めさせつつロイは彼女の方を振り向いたのだった。



*****

「・・・そうだったの。本当にごめんなさいね。あなたには本当に失礼なことを、うちの無能が言ってしまって」
「あ、い、いえ。・・・俺の方こそ、ついついカッとなっちゃって」
「とんでもない。怒って当然よ。覗き見してた上に、妙な言いがかりまで付けたのは、うちの無能なんですもの」
じろりと冷たい視線を向ければ、黙り込んだロイがビクリと肩を竦める。

ここはエドワード達がとっていたカラオケの部屋だ。
兎に角、事情を聞かせて欲しいとホークアイと名乗る女性にお願いされ、エドワードも礼儀を尽くされて
頼まれれば聞かないわけにもいかない。
で、事のあらましを話して聞かせたのだった。

「勝手に女の子だと思い込んでいただけでなく、それを相手に確かめることもなく決め付けて。
 しかも、『最近の若いお嬢さんは進んでいる』などと、失礼極まりないことを言うなんて・・・。
 あなたの常識の無さには、ほとほと呆れました」
「――――― すまない・・・」
「私に謝って頂いても仕方が有りません。きちんとこちらのエドワード君に謝ってください」
攻撃の手を緩めないリザの迫力には、その場に居合わせた者達もたじたじになりながら
成り行きを静観するしかない。
ロイは彼女に叱られしょげ返りながらも、エドワードの方を向き直って深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ないことを・・・。全面的に私の非礼だと思っている。
 どうか許してくれ」
大の男がそう謝りながら、机に額をつけるほど下げて謝ってくるのだ。そこまで誠意を籠めて謝罪されて、
いつまでも怒っている程、エドワードも人は悪くない。
「まっ・・・良いけどさ。俺も短気だからつい。―― 気をつけろよな」
そう言って許してやる事にした。
「でもさ・・・。何でそこまで女だと思い込んでたわけ?」
すれ違う一瞬でそこまで思い込めるものだろうか? 覗き見してたとはいえ、カラオケの室内なぞ暗くて
はっきりと見えそうにもないのに。
エドワードのその疑問に、ロイは申し訳無さそうな表情を浮かべながら。
「・・・今朝の電車で見た時に、そのぉ、髪も長かったからてっきり―――」
綺麗で見惚れてしまっていたから、女性だと信じて疑っていなかったとは言い難い。
そうロイがまごつきながら言った言葉に、エドワードは首を傾げている。

「今朝? 電車で?」
一緒の車両にでも乗り合わせていたのだろうか? しかし、乗り合わせていただけでいちいち他人を
覚えていられるものなのだろうか・・・。
どうにも腑に落ちなくて頭を捻り続けていると、目の前の男性が何故か目を瞠ってエドワードを見つめてくる。
「・・・何?」
その男性の表情が引っかかって、そう声を掛けて尋ねる。
「い、いや・・・。覚えてないのか?」
今度は相手の方が怪訝そうにエドワードを窺ってくる。
再度、何をと問い返す前に答えはそれまで黙っていた友人から上がる。
「エド。その人、今朝お前が話しかけていた人じゃないのか?」
「へっ? ・・・俺が?」
驚くエドワードに、ラッセルはのほほんとした様子で頷いて返す。
「そうそう。ほら、座ってる男性に何か言ってただろ? その相手の人じゃないの?」
「・・・えぇ」
今日、電車の中で話したと云うか謝ったと云うか、それは―――。
「フラメル社のプログラムS!!」
驚きのエドワードの声に、何故か相手はがっくりと肩を落としたのだった。

「あら? エドワード君はパソコンに詳しいのね」
リザの言葉にエドワードはブンブンと首を横に振る。
「い、いや全然詳しいって程じゃない・・・ないです。
 偶々、親父が同じ物のデスクトップ型を持ってるもんで」
その言葉にロイとリザは目を交し合って驚く。エドワードの言った機種はそこらへんで量産されている物とは
全く違う。プロや玄人しか認識されてないだろうし、また手に入れたとしても使いこなせるものでもないのだ。
しかもデスクトップ型となれば、ロイのノートの容量よりも遥かに大きい。
そんな物を使用しているエドワードの父親とは・・・。
「・・・紹介が遅れてしまったわね。私はリザ・ホークアイ、リザと呼んで頂戴。
 で、こちらの失礼な者は・・・一応これでも私たちの雇い主なんだけど」
ロイはリザの視線に押されるようにして、きちんと名刺を出してエドワード達に挨拶をする。
「本当に今回は失礼をした。私はロイ・マスタングと云う者で、・・・一応、会社を興している」
そう言って差し出された名刺を受け取ると、そこに書かれていた肩書きにエドワードが呟きを零す。
「Mプランニングのロイ・マスタングって・・・、あの臨海海洋館を設計した・・・?」
「あ、ああ。・・・良く知ってるな」
まさかこんな若い少年が自分の事を知っているとは思っていなかったロイは、嬉しいと思うよりも
先に驚かされる。
「知ってるもなにもっ・・・! あんたが設計したものは全部見に行った事がある!
 都内の有名なホテルとか、地方の駅との複合施設、あれも凄かった!
 国外の招聘で参加したテーマパークの記念館も、あんたのが1番良かったし」
次々と上げられる建物は、彼の言うとおりロイが設計したものばかりだ。
呆気に取られている間にも、エドワードはロイの設計の良さを熱心に語って聞かせてくれる。
「どれも凄いけど。俺が1番気に入ってるのは、「家」かなぁ」
「家?」
ロイはその言葉に思わず聞き返す。
「うん。まだMプランニングの名前じゃない頃。1軒だけ普通の家庭用の家を設計しただろ?
 ・・・あれが凄く良くてさ。でその後にあんたの作品の追っかけをするようになったんだ」
エドワードの話にロイはまたしても言葉が返せないほど驚かされた。
確かに過去1回だけ応募したコンペで設計図を引いた事がある。その時に賞をもらったのを皮切りに
ロイは祖父から引き継いだ小さな会社をMプランニングに代えて立ち上げたのだ。
・・・だが、それは結局は建造物としては残らなかったのだが。
不可解な件を問う間もなく。


「あのぉ~、話し込んでるときに悪いんですけど。
 そろそろ部屋の終わりで、次に移動しようかと言ってるんですけどねぇ」
隣の部屋ではロイとリザを除いた面々で、引き続き騒いでいたのだ。その内の一人、ハボックが
ひょっこりと顔を覗かせて、そんな風に話しかけてきた。
「あら、そうね。今回は本当にごめんなさいね。今後はこんなことが無いように厳重に注意して
 気をつけさせるから、許して頂戴ね」
「あ・・・いえ、大丈夫です」
リザに再度謝られて、エドワードは熱くなっていた自分を恥じるようにペコリと頭を下げる。
「ご、ごめん。何か俺だけベラベラとしゃべっちゃって、さ」
照れたように鼻の頭を掻いて謝るエドワードに、ロイはどう話を掛ければよいのか迷ってしまう。
彼が自分の設計や建築物に驚くほど詳しかったのも嬉しかった。
しかも専門的な視点からも感想を言えると云う事は、彼がその分野に精通していると言うことなのだが
どこでそんな専門的な知識を得たのかも知りたい。
それに、先ほど言っていた『家』の設計図をどこで見たのかも。
―――――― が、突っ込んで話をするには、時間が無さ過ぎる。
戸惑いで言葉も無く座り込んでいるロイに、リザが横で嘆息を吐いている。
(全く・・・いつもなら、すらすらと不必要なくらい饒舌に話せる癖に)

「エドワード君」
リザがそう声をかけると、エドワードは彼女に視線を向けて「はい?」と返事を返してくる。
「私たちはそろそろ場所を変えようと思ってるんだけど・・・。エドワード君たちはこの後は
 どんな予定が有るのかしら?」
リザの意外な質問に、エドワードは戸惑いながらも「特には無い」と素直に返事を返す。
「そお・・・。ならこんなお詫びはどうかしら?
 私たち、丁度懇親会の予定でこの後ボーリングに行って、食事を取ることになってるの」
「はぁ?」
「ここの支払いも勿論、こちらがさせて頂こうと思ってるんだけど。良ければこの後、一緒に遊びに
 行かないかしら?」
「えっ・・・」
思いがけない申し出にエドワードは言葉に詰まる。憧れの設計者に会えたのだから
話したいことや聞きたい事は山ほどある。が、だからといって、初対面で図々しく着いていくのは・・・。
エドワードの躊躇いは当然の事だ。他の仲間たちも、急な申し入れに戸惑いを浮かべている。
「あ、いえ。そこまで気にして頂くのは・・・」
そうエドワードが断わろうとしていると、リザがエドワードには見えないようにロイの足を蹴る。
「・・・っ。い、いやぜひそうさせて欲しい。折角の君たちの楽しい時間を台無しにしたんだ。
 それ位の侘びをさせて頂かないと、私の気持ちが済まない」
先ほどまで惚けていたロイが、突然熱心に説得をしてくる。
「で、でも、迷惑・・・」
「いや、全然迷惑なんかじゃないとも! 君の感想ももっと聞かせて欲しいし・・・。
 どうかお願いだ。お詫びをするチャンスをくれないか!」
エドワードに詰め寄る勢いでそうお願いされれば、エドワードとて断わりにくい。
「え、え~と。・・・俺は良いけど、皆は?」
躊躇いがちにメンバーに聞いてみれば、やや釈然としない表情を浮かべながらも、
仕方無さそうに肩を竦めて返してくる。
「・・・じゃ、あ。お言葉に甘えて・・・―」
躊躇いがちにそう返事をすると、ロイは満面の笑みを浮かべて見せてくる。
「喜んで」
そう言う彼の表情が本当に嬉しそうだったので、エドワードも釣られて笑顔を返した。
それが今日始めてみたエドワードのロイに向けられた笑顔だった。



*****



 act8・・・「発覚」


「いやっほぉ~!」
喜声を上げながらハボックが大きく手を振り上げる。
そのずっと先の掲示板にはストライクを称える表示が点滅しているのが見える。

カラオケを出た後、ハボックの計画通りにボーリングへと腹ごなしに出かけた一同は、
エドワード達若手を含めてレーンを分かれて楽しんでいた。
当初のチームわけではエドワード達4人は同じチームで組まれる予定だったのだが、
出掛けから延々と話しに花が咲いているエドワードとロイに遠慮して、それとなく
年長のスカーが他のチームに混じることとなった。

まぁ、そんな経緯さえも話しに夢中になっていた二人は気づいていないようだったが。

若手のチームが優勢を決めるだろうと云うトトカルチョは、非協力的な二人の所為で低迷を驀進。
代わりにスカーの入った女性陣が圧倒的な強さを見せている。
非力さをコントロールでカバーしている女性達は、威力は低くても必ず真ん中に当ててくるので
コンスタンスに点数を稼ぎ、そしてその不足分を補うようにスピード、威力とも満点のスカーの
投げっぷりでどんどんと点数を加算していってる。
後のチームは・・・まぁ、良かったり悪かったり程ほどだ。

そして非協力的な二人はと云うと、1ゲームだけは皆と混じって会話の合間におざなりに投げていたが、
休憩を挟んだ2ゲーム目では、とうとうコーナーの端に設置されている休憩所から戻らずに
会話に熱中しているのだ。

「もうあの二人のことはほおっておきましょう」のリザの鶴の一声で、チームを組み替えて2ゲーム目に
入っていく。


「な~んか面白くないんだけどぉ?」
エンヴィーは険のある視線で、二人っきりの世界を広げてる方を見つめてそんな不満を口にしている。
「別にいいじゃないか。エドの建築オタクは今に始まったわけじゃないだろ?
 以前から憧れていた建築士に出会えたんだから、話したいことも山ほどあるだろうしさ」
自分の順番が来たラッセルはそうエンヴィーに話すと、自分のボールを手にしてレーンに立つ。
「ラッセル君、頑張ってぇ~!」
綺麗なお姉さん達の応援の掛け声に、思わずにやけてしまう頬そのままに
ラッセルは綺麗なフォームでボールを投げる。
――― 不思議なのは、その模範になるようなフォームで、どうしてボールが真っ直ぐに転がらないかだ。

が、エンヴィーにはその不思議はどうでも良いし関心もないようで、
2ゲームの終了と共に、エドワードとロイが熱心に話し込んでいる場所へと歩いて行く。
そんな友人の様子を見送りながら。
「・・・そんなに仲間に入れて欲しかったのかな?」
そんな見当違いなことを呟きながら、ラッセルは友人の背中を見守った。

ラッセルの視線の先では、近づいて声を掛けて初めてエドワードとロイが彼に気づいたように
顔を向けている。エンヴィーが一言二言話しかけると、二人は快く彼を加えて話し出すこと数分。


「――― どうしたんだよ? 話に加わりたかったんじゃないのか?」
帰って来た自分に掛けられた言葉に、エンヴィーは大業に肩を竦めて両掌を上に向けてみせる。
「だってさ、小難しい方程式とか専門用語の羅列を楽しそうに交わしてるんだよぉ?
 はっ、何が楽しくてあんな会話が出来るのか、俺様には理解できませーん」
要は二人の会話には着いていけなかったと云うことだろう。
「ま、俺ら凡人は健全に楽しもうぜ」
そう慰めながらラッセルが肩を叩いてやれば、エンヴィーは拗ねたような表情でドカリと椅子に
腰を落ち着けたのだった。



「・・・どうしてあんな若者達を強引に誘ったりしたんです?」
一休みと一服をしているハボックが、同様にドリンクを飲んでいるリザにそう話しかける。
「どうしてって・・・どうしてかしらね? ―― 何となくあの人がエドワード君を気に入ったような気が
 したからかしらね」
ふふふと小さく微笑んでそんな事を話すリザに、ハボックは意味が判らないと云うように顎に手を掛けて
首を傾げる。
「――― どんなものにせよ、新しく創るにはそれを上回る情熱が必要でしょ?
 今のあの人に段々と足りなくなってきているものを、あの子が持っているような気がして」
長年ロイの傍で働いてきた彼女には、今のロイの何かが見えるのだろうか。
自分達が尊敬して止まない才能が溢れんばかりの雇い主の、自分達では気づかない「何か」が。


 *****

「そうか君のお父上は物理学者を」
「学者っていうほど大層なもんじゃないって。
 ただの物理オタクだよ、オタク」
肩を竦めてそう話すエドワードの様子から、少し複雑な事情が有るのだろうと察せれた。
その点には触れずに、ロイは当たり障り無くエドワードの情報を引き出す会話を続ける。
「建築は物理とは切っても切れない縁が有るからね。君のお父上にも何かの縁でお世話に
 なっているかも知れないな」
ロイ自身は自分で算出できる頭脳があるから誰かの師事をお願いした事はないが、一応情報として
その方面の人材は記憶している。
そう前置きをしてから、さりげなく父親の名前を尋ねてみた。
「ん? ・・・まぁ、知ってる人は知ってるかも、程度だぜ? うちの糞親父なんかさ。
 ヴァン・ホーエンハイム、それが親父の名前」
「ヴァン・ホーエンハイムっ!?」
名前を告げた途端のロイの反応に、エドワードも吃驚したように目を真ん丸にしてロイを見つめる。
「・・・・・知ってた?」
ロイが父親の名前を知っていたことが意外だったと云うように聞き返すエドワードに、ロイは
当然だと大きく頷いて返す。
「ヴァン・ホーエンハイム教授の名前を知らない建築士なんて、もぐりと同じだよ。
 最近の建築の目まぐるしい発展の基礎は、彼が生み出した計算式を基に作られたものばかりだ。
 ――― それなら君の知識の凄さも納得できる」
ロイにしては褒め言葉のつもりだった。なのに、エドワードの返した反応はそんなロイの予想とは
全く違うもので。
「俺の知識とあのクソ親父とは全然関係ねぇ!」
そう激高して叫んだかと思うと、エドワードは勢い良く立ち上がってしまう。
「ど、どうしたんだ!?」
慌てるロイに怒りを含んだ眼差しを緩める事無く、エドワードは冷めた一言を投げつけると
その場を去ろうと踵を返してしまう。
「ま、待ってくれ!」
咄嗟にエドワードの腕を掴んだ自分の反射能力にを褒めてやりたい。
「一体、何が気に触ったのかだけでも教えてくれないか?
 悪気があって言ったわけじゃないんだ」
「――― っつ・・。うで・・・、腕離せよ」
掴んだ掌に余程力が入ってしまってたのだろう。痛そうに眉を顰めてそう言ってくるエドワードの表情に、
何故か悪いと思うよりもドキリと胸を弾ませている自分がいる。
「―― 放さない。君が理由を話してくれるまでは・・・」
少々、強引過ぎるかとも思ったが、ここで手を放せばこの少年は2度とロイを振り返りはしない気がして・・・。

暫しの睨みあいの後、諦めたようにエドワードが溜息を吐いて、ロイの隣に座り直す。
その彼の行動にロイな内心ほぉっと胸を撫で下ろす。
「・・・・・悪かったよ。―― 別にあんたが悪気があったとかは思ってない」
バツの悪そうな様子でそう謝ってくるエドワードに、ロイは先ほどから薄々察している彼の中での
父親への感情を図る。
「いや、私は構わないんだ。・・・如何に父親が優れた研究者であろうと、必ずしも子供に
 その恩恵が授かるわけでもない。―― 少し軽率すぎたな」
そう言って頭を下げるロイに、エドワードは驚いたように目を瞠り、ふるふると首を横に振った。
「―― 親父が凄い奴だってのは、俺も判ってはいる。
 けど、それと俺の知識は殆ど関係ない。まぁ、家に学ぶ教本が沢山あったのは助かったけどさ」
そう説明するエドワードの言葉に、ロイは思わずと言ったように確認をした。
「教本? ・・・なら君はその専門知識を――― 独学で学んだ・・・わけか?」
自分で本を開き、読んで理解したと?
この道を専攻してもこの分野の高度な知識を理解できないまま逸脱する者が多いと云うのに?

「うん、ある程度はな。でも基礎だけじゃ判らないことも多かったから、偶々母さんの伝手で
 そっち方面の夫婦が居てさ、その奥さんから半年ほど弟と一緒に受講させてもらったけど」
たった半年の受講で・・・。ロイの驚きに気づかないエドワードは、その受講の厳しさに
不満を零して聞かせている。

――― 彼は不満のようだが、ホーエンハイム師の天才性を、彼は間違いなく受け継いでいる。

この一見、美少女にしか見えないエドワードの小さな頭の中に、どれだけの可能性が詰まっているのだろう。
そんな新たな驚きと共に、目の前でくるくると表情を変えて話すエドワードに視線を奪われていた。

そしてふと、同じようにロイの心を惹く、もう一人の天才の存在を思い浮かべる。

――― 彼と同い年・・・。もうこの業界も早熟な天才の時代かも知れないな・・・。

胸を過ぎるのは、凡人の哀しみか。自分では頑張ってやってきたつもりだったが、最近、どうにも
発想に行き詰まりを感じる時が多くなっている。まだまだロイだって若手と呼ばれている歳ではあるのだが、
こうも立て続けに歳若い天才を見聞きさせられると、思わず枯れたのかと情け無く思うのは仕方が無いだろう。

「―― でよ、あの親父の世間知らずは並みじゃなくてさ。
 俺らなんて別姓のままなんだぜ」

ロイの悲哀の思考とは関係なく、エドワードの父親への不満は続いていたようだ。
「・・・別姓? どうしてまた」
それでも思わず思考から浮上したのは、エドワードの驚くような話の内容だ。
ロイが予想通りの反応を返してくれたのが嬉しかったのか、エドワードは大きな嘆息と共に
その先を話して聞かせる。
「母さんと結婚する時、式を挙げてその後入籍するのを忘れてたんだとさ」
「・・・そんな馬鹿な」
あんぐりと口を開けて驚くロイに、エドワードは我が意を得たりと頷く。
「だろ?だろ~? 信じられない位非常識な男だぜ」
「し、しかし、君のお母さんがそんなことを許さないだろ?」
そのロイの言葉にエドワードはがっくりと肩を落とす。
「――― うちの母さんってさ、見かけによらずアバウトつーか無頓着と云うか」
気づいたのはエドワードを生んで戸籍を出しに行った時らしく、もう今さらだからと
認知だけ手続きして終わらせたらしい。なんとも豪胆な女性だ。
「では、君の名はエドワード・ホーエンハイムでは?」
そんな当然の疑問に、エドワードはさらりと自分の名を告げた。
「ああ、俺? エドワード・エルリックって言うんだ」
その名に誇りを持っているのだろう。エドワードの名乗り方には微塵の陰も無い。
「エドワード・・・え、るりっく・・・・・」
ゆっくりと口の中で繰り返し、ロイはまさかと云う信じれらない思いで少年を見つめる。
「―― どうしたんだよ? そんな妙な顔してさ?」
訳がわからないと窺ってくるエドワードの様子に、何でもないと返せる心境ではない。
「君は・・・君はもしかして――― この前のコンペ、ヤングフェスで入選した?」
そのもしかしてと思う気持ちは、エドワードの次の返事で一瞬に砕けた。
「コンペ? ・・・知らないけど」
そう言って首を傾げるエドワードに、ロイは落胆にも近い納得を抱く。
――― そうだな・・・そんな簡単に同一人物が現れるはずは・・・。
「あ、もしかしたらあれかな? アルが、弟が何かに使うから図面を引いてくれって言ってくる事が
 何回か有るからさ」
「―――――― その図面とは、『家』を設計したもんじゃ・・・?」
「あれ、何で判ったんだ? そうだぜ、アルが云うには今の現代で足りないものを1つ書いてくれ
 っていうからさ」
あんたが設計した家ほどじゃないけど、結構良い出来だったんだぜと、エドワードが説明してくれる
図面は、ロイが先日目にしたものを寸部無く同じものだった。

ロイは限界まで開いた目で、目の前で首を傾げて自分を見ている少年を見つめ続けるのだった。








  ↓面白かったら、ポチッとな。
拍手



© Rakuten Group, Inc.
X